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変わらない思い(オリジナル)
東京を走り回る電車にて、女子高生を見ると思うのだ。
昔のこと。
わたしの学生時代。
わたしにもあんな時期があった、と。
過去を振り返るのは、おばさんに近づいてきている証拠。
寝て起きたら三十歳を超えていたと、職場の上司が言っていたが、ホントらしい。
気を引き締めないと、あっという間に三十を迎えるだろう。
それに三十代となることで色々と変わってくる。
変わらなかった生活が、大きく変化するのだ。
学生から社会人へとなった時と同じように。
さしあたり二十代という女性のなかで、輝かしいライフステージを謳歌して記憶に焼き付けるためにも、同居人が待っているマンションに急ぐことにした。
電車から降りて、人の往来が少なくなった駅を離れ、お気に入りのパンプスを踏みならし帰宅する。
マンションの自宅には玄関の電気が付いていて、わたしの帰りを待ってくれるいつもの光があって、いつも通りにドアを開けた。
「ただいま」
いつもと同じ言葉を使って、帰宅を知らせる。
すると、
「おかえり」
と、代わり映えしない返事。
大好きな、お嫁さんの声だ。
なんども聞いたスリッパの音が聞こえてくる。
それから廊下とリビングを隔てる扉が開いて、背丈が幾分か低い人がでてきた。
「おつかれさま、葉月」
そう言って、わたしに近づいてくる。
見間違えることない若葉色の部屋着に、なんども見たウサギのステッカーが刺繍されているエプロンが、どんどん近くなって胸に飛び込んできた。
「ずっと待ってた。葉月のこと、行ってらっしゃいの声をかけてから……ずっと」
ギュッと、スーツの裾を握られる。おもいのほか強い。
「ごめんね彩萌」
わたしは謝罪した。
ギュッの強さは、彼女の寂しさに比例する。
だから安心させるために手を腰にまわす。
いくら生活のためとは言え、彩萌を孤独にさせたので謝罪。
声を聞いて、幼さが二十代を超えても取れない彩萌が、
「ゆるさない。でも、いつものしてくれたら考えてあげる」
いつもの変わることないサイン。
大好きを行動で示す、いつもの。
「ん、好きだよ。彩萌」
唇を、彩萌の頬っぺたにつける。毎度のことながらこの、いつものサイン――お帰りのキス――は恥ずかしいけど、好きを知らせるのに便利で、とても高揚できる。
「うん。大好き……だからゆるしてあげる」
変わらない甘い声。
それにいつものフレーズを返す。
「ありがと」
それからも変わることなく続く一日の流れ。
まずは脱衣所にいってスーツを脱ぎ捨てる。
そして疲れを流すための湯をかぶり、ぞんぶらはっちに汗を流して、気が済んだらタオルで体を拭き、手早くパジャマに着替える。そして食卓へ。
変わらない。
昨日と同じ。幸せな毎日だ。
でも、それを考えると、少し不安になる。
永遠に同じなわけがない。
いつかは変わってしまう。
年を取るにつれて、ふと考える。
今の生活が変わってしまったら?
突然、なにかが決定的に変化してしまって、日々を失うとしたら、それは悲しいことだ。
「どうしたの葉月。眉間にシワなんて寄せて」
彩萌が料理を抱えてきた。
ぶかぶかなミトンの上に、いい香りを漂わせる皿がある。
パスタだ。
彩萌の得意料理の一つであり、ソースを一から作る特別製だ。
パスタは野菜たっぷりで色鮮やかだ。それと香りからピリッとした刺激と旨味がある。
今日も変わらない美味しそうなパスタだ。
変わることない。
そこでわたしは、首を振って眉間を伸ばす。
「なんでもない。で、今日はなにパスタ?」
「今日はペペロンチーノ。とっても美味しくなる裏技を使ったから、自信あり」
「それは楽しみ」
そこで、彩萌が咎めるように、
「って、話を逸らさないで。隠しごとはなしって決めたでしょ」
ごとん、と皿を置く。
「うん、そうだったね……でもお腹が空いたから、ご飯食べながらでいいかな?」
しぶしぶと彩萌は、わたしの提案に乗ってくれた。
彩萌はフォークを取り揃えて、飲み物を準備。
てっとり早くエプロンを脱ぎ、ちょこんと向かい側に座る。
わたしはフォークでパスタをかき混ぜ、一口ほどに調整。
食べようとしたら、彩萌が尋ねてきた。
「じゃ聞くけど、なにを考えていたの? もしかしてイヤなことでもあった?」
なんでもないから言わない。
そう考えたけど、隠しごとになると罪悪感があった。
「その、なんて言うか。日常て変わっちゃうのかなって」
「日常……例えばなにー?」
パスタを巻いたフォークを見せる。
「これ、とか」
「パスタが変わる? あ、今回はちょっと違うパン粉を使ったの」
「そうじゃなくって、その……こう、変わることなかったことが、変わっちゃうみたいな」
向かい側から、心配したような声色が返ってくる。
「疲れてるみたいね、葉月」
「疲れてはいるけど……そうじゃない、そうじゃないから。ほら、わたしもうすぐ三十代になっちゃうでしょ」
「あー心配なんだね。年を取るのが」
たしかにそうかも。
不安、なんだ。
「葉月もわかるかも。三十になったら、見るモノすべてが変わっちゃうから」
「やっぱり変わるの?」
「そうだよ! もう、凄いんだから。今まで大丈夫だったことが急に辛くなったり、食べ物の好みとか変わっちゃうよ」
「……」
なんか、違う。
決定的にシコリが残る。
わたしが考えていたのは、その変化だったのか?
もっと大事なことだったような。
例えば、この暮らし。
彩萌と同棲してから変わらないサイクル。
いっしょに朝食して、行ってらっしゃいのキスをして、しんどい仕事をこなして、帰ってきたら彩萌が待っていて、彩萌のパスタを味わって、いっしょに眠る。
そんな変わらないこと、だったはず。
「違ったの?」
彩萌が鋭く一言。
まるで、心を見透かしたようだ。
わたしは、露骨に驚いてしまう。
「葉月。あたしはあなたと十年間以上いっしょにいるのよ。考えてることぐらいお見通し……てのは冗談だけど、ほんの少しぐらいはわかっちゃうかも」
「うっ、なんとも心強い」
しみじみと思い、巻いたパスタを食べる。
舌が触れて、ピリ辛の刺激と旨味を楽しんでいると、彩萌はくだけて答えた。
「でね、葉月はなにを考えてるの? 素直に言って。あなたの悪い所は自分だけで背負ってしまう所だから、あたしにも重荷を背負わせてよ」
「ごめん、でも大丈夫だから」
心配させないための大丈夫だったが、どうやら逆効果だったみたい。彩萌がフォークを皿に落としてから、落ち込むようにうつむく。
「それよ! そうやって背負うとする。あたしだって力にはなれるのに。あたしを頼ってよ……」
胸に針が刺さったみたいに、チクリと痛みが走る。
「ご、ごめん! でも、重荷じゃないから」
「本当に?」
「本当だよ。でも悩んではいるかも……この、日常って言った方がいいのか? わたしが歳を取ったら、彩萌との日常が壊れちゃうんじゃないかなって」
真剣な顔つきでわたしの話を聞いてくれる。
「壊れる……ね」
ため息の代理ぽく、彩萌がつぶやいた。
そして、
「ねぇ葉月。周りのこと、見つめてみたことある?」
あるよ。数時間前にも電車から見える景色とか見ていた。
だからなに?
今の話と、日常の変化に関係性が見当たらない。
「葉月が悩んでいるのは当たり前のことよ。とくに身近にあるモノとか、毎日ちょっとずつ変わる……もしかしたら壊れることもあるかも」
壊れるかもしれない。
その言葉は嫌いだ。変わらないことは、壊れて欲しくないモノも含まれている。
「でもね」
彩萌は区切る。ここが大事な所みたく大げさに、
「変わらないこともある。壊れないモノもある。とくにあたし達の関係……同性同士だけど、愛し合ってるのは変わらない。少なくともあたしは変わらない。たとえ葉月がお婆ちゃんになっても愛し続ける」
「彩萌……」
「だから、恐れずに変わろうよ。変わっても、壊れないモノだってあるから」
その一言で、なんだか救われた気がした。
変わらないモノ、壊れないモノ。
そうかもしれない。
わたしの好きな日常は壊れない。
そう信じられることが大切なのかも。
「ありがとう彩萌」
「いえいえ、これも嫁の役割だもん。大好きなお嫁さんが困っているなら、無理やりでも助けないとね」
そう言ってから彼女は、フォークを掴んで食事に戻ろうとする。
「さてと、食べましょ。せっかく作ったのに冷めたら美味しくなくなっちゃう」
わたしも食事に戻った。
彩萌が作ってくれたパスタは美味しくも、ちょっと前に食べたモノとは変わっていた。
味の変化。悪くない。
ピリッとした触感と風味に、変わらないモノが感じられた。
彩萌が好き。
それがあれば、変化は怖くなくなった。
もし変わっても、変わらないことがあると知った。
今後おきるだろう日常の変化も、跳ね除けられるよ。
歳を取って、好みが変わって、暮らしが変わっても。
彩萌がいれば……。
――……――
葉月は熟睡した。
仕事の疲れが押し寄せてきたのか、食事を済ませてちょこっと彩萌と雑談してから、すぐに寝室へと入っていった。
一度、寝てしまったら葉月は滅多に起きられない。
彩萌は、この十年間で知っていた。
だから、多少無理やり潜り込んでも気づかれない。
葉月の胸に顔をうずめるぐらい、彩萌はすり寄る。
「葉月……」
柔らかい肌。
石鹸の匂い。
彩萌は、葉月の温かみが好きで、密かに日課としていたのだ。
この行為にちょっとばかし背徳感があったが、このドキドキが癖になってやめられない。自身からは隠しごとはNGと言っておきながらの秘密。そう考えるとなんだか体が火照ってくるのだ。
「葉月。あたしね、あなたが好き」
いつもの言葉。
変わらない思いを語源とした、大好きの詰め合わせ。
葉月が起きていたら、必ずありがとうを返してくれるだろう。
でも、今は返ってこない。
いつもの「ありがとう」も「好きだよ」も聞こえてこない。
それでも隠しごとをしている感じが、なんとも言えない中毒性となった。
それに言わない方がロマンチックだ。
「葉月は変わることが嫌いみたいだけど、あたしは変化を楽しみにしてるよ」
返事はない。
「変わることで、壊れちゃうモノもあるって言ったけど、その逆もあるの。例えば、好きがもっと好きになって――止まらなくなっちゃうとか」
葉月からは小さな息と、テンポの遅い心音しかない。
でも、彼女をもっとも身近に感じられる。
「だからね、変わっても好きでいられるよ。だって」
愛している――その思いを小さく、葉月の変わらない場所に、ささやいた。
昔のこと。
わたしの学生時代。
わたしにもあんな時期があった、と。
過去を振り返るのは、おばさんに近づいてきている証拠。
寝て起きたら三十歳を超えていたと、職場の上司が言っていたが、ホントらしい。
気を引き締めないと、あっという間に三十を迎えるだろう。
それに三十代となることで色々と変わってくる。
変わらなかった生活が、大きく変化するのだ。
学生から社会人へとなった時と同じように。
さしあたり二十代という女性のなかで、輝かしいライフステージを謳歌して記憶に焼き付けるためにも、同居人が待っているマンションに急ぐことにした。
電車から降りて、人の往来が少なくなった駅を離れ、お気に入りのパンプスを踏みならし帰宅する。
マンションの自宅には玄関の電気が付いていて、わたしの帰りを待ってくれるいつもの光があって、いつも通りにドアを開けた。
「ただいま」
いつもと同じ言葉を使って、帰宅を知らせる。
すると、
「おかえり」
と、代わり映えしない返事。
大好きな、お嫁さんの声だ。
なんども聞いたスリッパの音が聞こえてくる。
それから廊下とリビングを隔てる扉が開いて、背丈が幾分か低い人がでてきた。
「おつかれさま、葉月」
そう言って、わたしに近づいてくる。
見間違えることない若葉色の部屋着に、なんども見たウサギのステッカーが刺繍されているエプロンが、どんどん近くなって胸に飛び込んできた。
「ずっと待ってた。葉月のこと、行ってらっしゃいの声をかけてから……ずっと」
ギュッと、スーツの裾を握られる。おもいのほか強い。
「ごめんね彩萌」
わたしは謝罪した。
ギュッの強さは、彼女の寂しさに比例する。
だから安心させるために手を腰にまわす。
いくら生活のためとは言え、彩萌を孤独にさせたので謝罪。
声を聞いて、幼さが二十代を超えても取れない彩萌が、
「ゆるさない。でも、いつものしてくれたら考えてあげる」
いつもの変わることないサイン。
大好きを行動で示す、いつもの。
「ん、好きだよ。彩萌」
唇を、彩萌の頬っぺたにつける。毎度のことながらこの、いつものサイン――お帰りのキス――は恥ずかしいけど、好きを知らせるのに便利で、とても高揚できる。
「うん。大好き……だからゆるしてあげる」
変わらない甘い声。
それにいつものフレーズを返す。
「ありがと」
それからも変わることなく続く一日の流れ。
まずは脱衣所にいってスーツを脱ぎ捨てる。
そして疲れを流すための湯をかぶり、ぞんぶらはっちに汗を流して、気が済んだらタオルで体を拭き、手早くパジャマに着替える。そして食卓へ。
変わらない。
昨日と同じ。幸せな毎日だ。
でも、それを考えると、少し不安になる。
永遠に同じなわけがない。
いつかは変わってしまう。
年を取るにつれて、ふと考える。
今の生活が変わってしまったら?
突然、なにかが決定的に変化してしまって、日々を失うとしたら、それは悲しいことだ。
「どうしたの葉月。眉間にシワなんて寄せて」
彩萌が料理を抱えてきた。
ぶかぶかなミトンの上に、いい香りを漂わせる皿がある。
パスタだ。
彩萌の得意料理の一つであり、ソースを一から作る特別製だ。
パスタは野菜たっぷりで色鮮やかだ。それと香りからピリッとした刺激と旨味がある。
今日も変わらない美味しそうなパスタだ。
変わることない。
そこでわたしは、首を振って眉間を伸ばす。
「なんでもない。で、今日はなにパスタ?」
「今日はペペロンチーノ。とっても美味しくなる裏技を使ったから、自信あり」
「それは楽しみ」
そこで、彩萌が咎めるように、
「って、話を逸らさないで。隠しごとはなしって決めたでしょ」
ごとん、と皿を置く。
「うん、そうだったね……でもお腹が空いたから、ご飯食べながらでいいかな?」
しぶしぶと彩萌は、わたしの提案に乗ってくれた。
彩萌はフォークを取り揃えて、飲み物を準備。
てっとり早くエプロンを脱ぎ、ちょこんと向かい側に座る。
わたしはフォークでパスタをかき混ぜ、一口ほどに調整。
食べようとしたら、彩萌が尋ねてきた。
「じゃ聞くけど、なにを考えていたの? もしかしてイヤなことでもあった?」
なんでもないから言わない。
そう考えたけど、隠しごとになると罪悪感があった。
「その、なんて言うか。日常て変わっちゃうのかなって」
「日常……例えばなにー?」
パスタを巻いたフォークを見せる。
「これ、とか」
「パスタが変わる? あ、今回はちょっと違うパン粉を使ったの」
「そうじゃなくって、その……こう、変わることなかったことが、変わっちゃうみたいな」
向かい側から、心配したような声色が返ってくる。
「疲れてるみたいね、葉月」
「疲れてはいるけど……そうじゃない、そうじゃないから。ほら、わたしもうすぐ三十代になっちゃうでしょ」
「あー心配なんだね。年を取るのが」
たしかにそうかも。
不安、なんだ。
「葉月もわかるかも。三十になったら、見るモノすべてが変わっちゃうから」
「やっぱり変わるの?」
「そうだよ! もう、凄いんだから。今まで大丈夫だったことが急に辛くなったり、食べ物の好みとか変わっちゃうよ」
「……」
なんか、違う。
決定的にシコリが残る。
わたしが考えていたのは、その変化だったのか?
もっと大事なことだったような。
例えば、この暮らし。
彩萌と同棲してから変わらないサイクル。
いっしょに朝食して、行ってらっしゃいのキスをして、しんどい仕事をこなして、帰ってきたら彩萌が待っていて、彩萌のパスタを味わって、いっしょに眠る。
そんな変わらないこと、だったはず。
「違ったの?」
彩萌が鋭く一言。
まるで、心を見透かしたようだ。
わたしは、露骨に驚いてしまう。
「葉月。あたしはあなたと十年間以上いっしょにいるのよ。考えてることぐらいお見通し……てのは冗談だけど、ほんの少しぐらいはわかっちゃうかも」
「うっ、なんとも心強い」
しみじみと思い、巻いたパスタを食べる。
舌が触れて、ピリ辛の刺激と旨味を楽しんでいると、彩萌はくだけて答えた。
「でね、葉月はなにを考えてるの? 素直に言って。あなたの悪い所は自分だけで背負ってしまう所だから、あたしにも重荷を背負わせてよ」
「ごめん、でも大丈夫だから」
心配させないための大丈夫だったが、どうやら逆効果だったみたい。彩萌がフォークを皿に落としてから、落ち込むようにうつむく。
「それよ! そうやって背負うとする。あたしだって力にはなれるのに。あたしを頼ってよ……」
胸に針が刺さったみたいに、チクリと痛みが走る。
「ご、ごめん! でも、重荷じゃないから」
「本当に?」
「本当だよ。でも悩んではいるかも……この、日常って言った方がいいのか? わたしが歳を取ったら、彩萌との日常が壊れちゃうんじゃないかなって」
真剣な顔つきでわたしの話を聞いてくれる。
「壊れる……ね」
ため息の代理ぽく、彩萌がつぶやいた。
そして、
「ねぇ葉月。周りのこと、見つめてみたことある?」
あるよ。数時間前にも電車から見える景色とか見ていた。
だからなに?
今の話と、日常の変化に関係性が見当たらない。
「葉月が悩んでいるのは当たり前のことよ。とくに身近にあるモノとか、毎日ちょっとずつ変わる……もしかしたら壊れることもあるかも」
壊れるかもしれない。
その言葉は嫌いだ。変わらないことは、壊れて欲しくないモノも含まれている。
「でもね」
彩萌は区切る。ここが大事な所みたく大げさに、
「変わらないこともある。壊れないモノもある。とくにあたし達の関係……同性同士だけど、愛し合ってるのは変わらない。少なくともあたしは変わらない。たとえ葉月がお婆ちゃんになっても愛し続ける」
「彩萌……」
「だから、恐れずに変わろうよ。変わっても、壊れないモノだってあるから」
その一言で、なんだか救われた気がした。
変わらないモノ、壊れないモノ。
そうかもしれない。
わたしの好きな日常は壊れない。
そう信じられることが大切なのかも。
「ありがとう彩萌」
「いえいえ、これも嫁の役割だもん。大好きなお嫁さんが困っているなら、無理やりでも助けないとね」
そう言ってから彼女は、フォークを掴んで食事に戻ろうとする。
「さてと、食べましょ。せっかく作ったのに冷めたら美味しくなくなっちゃう」
わたしも食事に戻った。
彩萌が作ってくれたパスタは美味しくも、ちょっと前に食べたモノとは変わっていた。
味の変化。悪くない。
ピリッとした触感と風味に、変わらないモノが感じられた。
彩萌が好き。
それがあれば、変化は怖くなくなった。
もし変わっても、変わらないことがあると知った。
今後おきるだろう日常の変化も、跳ね除けられるよ。
歳を取って、好みが変わって、暮らしが変わっても。
彩萌がいれば……。
――……――
葉月は熟睡した。
仕事の疲れが押し寄せてきたのか、食事を済ませてちょこっと彩萌と雑談してから、すぐに寝室へと入っていった。
一度、寝てしまったら葉月は滅多に起きられない。
彩萌は、この十年間で知っていた。
だから、多少無理やり潜り込んでも気づかれない。
葉月の胸に顔をうずめるぐらい、彩萌はすり寄る。
「葉月……」
柔らかい肌。
石鹸の匂い。
彩萌は、葉月の温かみが好きで、密かに日課としていたのだ。
この行為にちょっとばかし背徳感があったが、このドキドキが癖になってやめられない。自身からは隠しごとはNGと言っておきながらの秘密。そう考えるとなんだか体が火照ってくるのだ。
「葉月。あたしね、あなたが好き」
いつもの言葉。
変わらない思いを語源とした、大好きの詰め合わせ。
葉月が起きていたら、必ずありがとうを返してくれるだろう。
でも、今は返ってこない。
いつもの「ありがとう」も「好きだよ」も聞こえてこない。
それでも隠しごとをしている感じが、なんとも言えない中毒性となった。
それに言わない方がロマンチックだ。
「葉月は変わることが嫌いみたいだけど、あたしは変化を楽しみにしてるよ」
返事はない。
「変わることで、壊れちゃうモノもあるって言ったけど、その逆もあるの。例えば、好きがもっと好きになって――止まらなくなっちゃうとか」
葉月からは小さな息と、テンポの遅い心音しかない。
でも、彼女をもっとも身近に感じられる。
「だからね、変わっても好きでいられるよ。だって」
愛している――その思いを小さく、葉月の変わらない場所に、ささやいた。
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表示回数 1214 (since 2012/8/17)
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