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花飾りの帽子(オリジナル)
低い唸りが聞こえてくる。爆撃機の音だ。近づいてくる。もうこの工場もだめかもしれない。防空壕へ急ごうとする私を千代が呼び止めた。その手に花で飾った麦わら帽子を持っていて、それを私に手渡す。
「静、これを見て」
なんでこんな時に、と戸惑う私に構わず千代は続ける。
「生まれ変わっても、これを見れば思い出すわ」
「何言ってるの? まだ死んだりしないわよ」
「いいえ、ここももう終わりだわ。私には分かるの」
そう言って、千代は私を抱き寄せた。
「覚えていて。この帽子は私達の約束よ。あなたが思い出せば、私もきっと静を思い出すから」
時間がない。私達は防空壕に急いだ。爆弾は雨のように降り、私と千代は身を寄せ合った。何かが焼ける臭いがする。苦しい。息ができない。酸素が無くなってきた。そういえば、爆撃よりも酸欠で死ぬ方が多いと聞いたことがある。意識が薄くなってくる……
「では春日さん、このプリントを三宅さんの所に届けて。家は分かるね? よろしく」
先生がそう言うと、クラス内の何人かがクスクス笑った。誰かが言ったのかもしれない。私が三宅千里のことばかり見ていると。確かに見ている。でも、話しかけることができない。それは私が貧しくて、千里がお金持ちだからじゃない。千里のことが気になって、どうしても目で追ってしまうからだし、話しかけられないのは、胸が高鳴ってしまうからだ。好きなのかもしれないが分からない。今日は千里が風邪で休んでいていないから、私は何だか落ち着かなかった。
千里はわがままで、クラス内でも嫌いな子が多い。勉強はできるけど、口調は乱暴で冷たいし、給食の好き嫌いは多いし、私のことは、たまに目が合うけど、別に相手にもしてくれない。
下校時、クラスの何人かが、私に声をかける。
「よかったねえ、何かもらえるかもしれないよ」
「いらない服でももらったらどう? あの子きっとたくさん持ってるよ」
「それよりお菓子でももらってきたら?」
私はいつも同じ服だ。洗濯もあまりできないんで薄汚れている。破れかけもある。何か素敵なことがあるかもという期待半分と、やはりこんな姿じゃ相手にもされないというあきらめ半分だった。
千里の家に着いた。確かに大邸宅で、怖じ気づいてしまいそうだ。インターホンを押した。千里に届け物だと伝えると、お手伝いのような女性が出てきた。
「どうぞ、入って下さい」
彼女に渡すだけかと思ったら、中に通された。広い庭を横切り、豪華なソファのある応接室。いろいろなものが飾られた棚、その中に花飾りの麦わら帽子があった。それを見て私は、急に落ち着かなくなった。何かで自分の中がかき回されるような、ひどいめまいがする。
「お待たせ。私だいぶよくなったんだ」
そんな声がした。千里だ。彼女の手前しっかりしなければ。そう思って顔を上げる。部屋着姿の彼女が立っていた。
「千代……あなたは千代ね?」
「はあ? 何のこと」
彼女は顔をしかめる。私も自分で言ってることが、自分でよく分からない。でも彼女の顔を見ていると次々と思い出して言葉が出る。
「生まれ変わって、あの帽子で思い出すって言ったわ。本当だったのね?」
私は嬉しくて飛びつこうとすると、彼女は身をかわした。
「何のことか分からないよ。プリント持ってきたんでしょ? 用が済んだら帰って!」
「でも、千代……あの帽子……あの花飾りの帽子が……」
私は涙が出てきたが、彼女は冷たく私を見るばかりだった。
「私は千代とかじゃないよ。頭おかしいんじゃない? あの帽子も気まぐれに作っただけだよ!」
彼女はそう言って、私からプリントを引ったくると、応接室を出て行ってしまった。私は泣きじゃくったが、戻ってくる様子もなく、帰るしかなかった。
自分が誰だか分からず、混乱していた。確かなことは、千里であり千代である彼女と、寄り添って一緒にいたこと。
次の日、放課後の図書室の掃除を終え、誰もいないはずの教室に帰ってくると、掃除道具のロッカーがいきなりゴトンと動いた。私は驚く。
「誰……? 何……?」
「苦しい……閉じこめられた。中から開かないんだよ」
千里の声だ。私はロッカーに飛びついて、固くなったつまみを力づくでねじって、扉を開け放った。千里が倒れるように出てきた。しばらく手を床につけて激しく息をしていた。
「ありがとう……ひどい奴らがいるよ……苦しくて、もう窒息して死ぬかと思った……」
そうして私を見て、驚くような顔をした。
「私……死んだはず……あの時も苦しかった……そうだよ静、私達生まれ変わったんだ!」
「千代……思い出したの?」
「当たり前じゃない!」
彼女はそう言って、私に抱きついた。私も腕を回し、抱き合う。
「今も大変な時代だね……」
私が言うと、彼女は笑った。
「でも、あの頃よりはだいぶいいよ……あなたも一緒だしね」
そう言って、私に微笑みかけた。
「静、これを見て」
なんでこんな時に、と戸惑う私に構わず千代は続ける。
「生まれ変わっても、これを見れば思い出すわ」
「何言ってるの? まだ死んだりしないわよ」
「いいえ、ここももう終わりだわ。私には分かるの」
そう言って、千代は私を抱き寄せた。
「覚えていて。この帽子は私達の約束よ。あなたが思い出せば、私もきっと静を思い出すから」
時間がない。私達は防空壕に急いだ。爆弾は雨のように降り、私と千代は身を寄せ合った。何かが焼ける臭いがする。苦しい。息ができない。酸素が無くなってきた。そういえば、爆撃よりも酸欠で死ぬ方が多いと聞いたことがある。意識が薄くなってくる……
「では春日さん、このプリントを三宅さんの所に届けて。家は分かるね? よろしく」
先生がそう言うと、クラス内の何人かがクスクス笑った。誰かが言ったのかもしれない。私が三宅千里のことばかり見ていると。確かに見ている。でも、話しかけることができない。それは私が貧しくて、千里がお金持ちだからじゃない。千里のことが気になって、どうしても目で追ってしまうからだし、話しかけられないのは、胸が高鳴ってしまうからだ。好きなのかもしれないが分からない。今日は千里が風邪で休んでいていないから、私は何だか落ち着かなかった。
千里はわがままで、クラス内でも嫌いな子が多い。勉強はできるけど、口調は乱暴で冷たいし、給食の好き嫌いは多いし、私のことは、たまに目が合うけど、別に相手にもしてくれない。
下校時、クラスの何人かが、私に声をかける。
「よかったねえ、何かもらえるかもしれないよ」
「いらない服でももらったらどう? あの子きっとたくさん持ってるよ」
「それよりお菓子でももらってきたら?」
私はいつも同じ服だ。洗濯もあまりできないんで薄汚れている。破れかけもある。何か素敵なことがあるかもという期待半分と、やはりこんな姿じゃ相手にもされないというあきらめ半分だった。
千里の家に着いた。確かに大邸宅で、怖じ気づいてしまいそうだ。インターホンを押した。千里に届け物だと伝えると、お手伝いのような女性が出てきた。
「どうぞ、入って下さい」
彼女に渡すだけかと思ったら、中に通された。広い庭を横切り、豪華なソファのある応接室。いろいろなものが飾られた棚、その中に花飾りの麦わら帽子があった。それを見て私は、急に落ち着かなくなった。何かで自分の中がかき回されるような、ひどいめまいがする。
「お待たせ。私だいぶよくなったんだ」
そんな声がした。千里だ。彼女の手前しっかりしなければ。そう思って顔を上げる。部屋着姿の彼女が立っていた。
「千代……あなたは千代ね?」
「はあ? 何のこと」
彼女は顔をしかめる。私も自分で言ってることが、自分でよく分からない。でも彼女の顔を見ていると次々と思い出して言葉が出る。
「生まれ変わって、あの帽子で思い出すって言ったわ。本当だったのね?」
私は嬉しくて飛びつこうとすると、彼女は身をかわした。
「何のことか分からないよ。プリント持ってきたんでしょ? 用が済んだら帰って!」
「でも、千代……あの帽子……あの花飾りの帽子が……」
私は涙が出てきたが、彼女は冷たく私を見るばかりだった。
「私は千代とかじゃないよ。頭おかしいんじゃない? あの帽子も気まぐれに作っただけだよ!」
彼女はそう言って、私からプリントを引ったくると、応接室を出て行ってしまった。私は泣きじゃくったが、戻ってくる様子もなく、帰るしかなかった。
自分が誰だか分からず、混乱していた。確かなことは、千里であり千代である彼女と、寄り添って一緒にいたこと。
次の日、放課後の図書室の掃除を終え、誰もいないはずの教室に帰ってくると、掃除道具のロッカーがいきなりゴトンと動いた。私は驚く。
「誰……? 何……?」
「苦しい……閉じこめられた。中から開かないんだよ」
千里の声だ。私はロッカーに飛びついて、固くなったつまみを力づくでねじって、扉を開け放った。千里が倒れるように出てきた。しばらく手を床につけて激しく息をしていた。
「ありがとう……ひどい奴らがいるよ……苦しくて、もう窒息して死ぬかと思った……」
そうして私を見て、驚くような顔をした。
「私……死んだはず……あの時も苦しかった……そうだよ静、私達生まれ変わったんだ!」
「千代……思い出したの?」
「当たり前じゃない!」
彼女はそう言って、私に抱きついた。私も腕を回し、抱き合う。
「今も大変な時代だね……」
私が言うと、彼女は笑った。
「でも、あの頃よりはだいぶいいよ……あなたも一緒だしね」
そう言って、私に微笑みかけた。
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表示回数 534 (since 2012/8/17)
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