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セイレーン(オリジナル)
景奈なら聞こえるだろうか? 私は潮風に吹かれながら、そんなことを考えていた。港の観光船に乗るのは何度目か、いつも決まった島の近くを通る時、美しい声の歌が聞こえる。それは澄んだ女性の声だったが、歌詞の意味はよく分からない。
「あの歌は何ですか?」
私はガイドの人に訊いたが、歌など聞こえないと言う。近くの人にさりげなく訊いてみたりしたが、やはり聞こえないと言う。
「波しぶきの音ばかり聞いてますからね、耳鳴りの一種じゃないですか?」
そんなはずはない、いつも同じ島から聞こえる。
港の近くには無数の島があって、そこを巡る観光船が出ている。学校の友達を誘うこともなく一人で乗るのは密かな楽しみだった。地元の子はほとんど乗らない。
景奈はクラスでも一番まじめだ。母がいなくて、自営業の父親と祖母と暮らしている。学校が終わると家の手伝いをするといって早く帰ってしまう。景奈には友達がほとんどいないみたいだったが、私は遠くから見つめていた。私が景奈に惹かれたのは、あの子の手を見てからだ。落とし物を渡してくれた時、働いている子の丈夫そうな手に気づいた。優しそうな顔立ちとのギャップに少し驚いたが、それ以来気になった。でも、友達として付き合うことはなかった。景奈は付き合いの悪い子として、クラス内でも好かれてはいなかった。そんな子に声をかけると自分もクラス内から嫌われそうで、今まで勇気が持てなかった。
でも……あの歌は景奈なら聞こえるかもしれない。私はそんな勝手なことを考えて、帰り際の景奈をつかまえて、思い切って誘ってみた。
「ねえ、今度港の観光船に乗ってみない?」
景奈は驚いて、何度か瞬きをしてから言った。
「いいけど……どうして?」
「聞かせたいものがあるの」
「……分かった」
日曜に乗る約束をした。
今日も確かに聞こえてる。私には聞こえる。でも景奈は首を横に振った。
「何も聞こえないよ」
私はがっかりした。でも、そんな私に景奈は声をかける。
「どこから聞こえるの? その島に行ってみない?」
積極的な言葉が意外で、私は嬉しかった。
観光船を降りて、歌が聞こえた島への連絡船が出ているのを知った。小さいけれど、そこは無人島ではなかった。私と景奈はその連絡船に乗った。島に降りると小さな港だった。しばらく海沿いの道を歩くと、何か記念の銅像のようなものが見えてきた。女性が横座りをしている。人魚のようだった。この島で暮らしていた芸術家が作ったものらしい。それを見て、景奈が驚いた。
「これ……母さんだよ! 私の」
「ええっ?」
私も驚く。
「亡くなる前、芸術家のモデルをしていたって聞いたんだ。私、初めて見る……」
「あなたのお母さんの歌だったのかな……でも、なんであなたに聞こえなかったんだろう……」
景奈はしばらくうつむき、それから顔を上げて口を開いた。
「私思い出したよ。亡くなる前私に、素敵な友達をたくさん見つけてって言ったんだ。私にしか聞こえなかったら、あなたとここに来ること無かったでしょう?」
そう言って私も見つめ、少し頬を赤くした。私は思わず景奈の手を取った。
「もう一人じゃないから。私がいる……ずっと、友達になりたかったんだ」
景奈は微笑した。
「手が荒れてるでしょ……恥ずかしいな」
「ううん、好きだよ、この手」
帰りの船に遅れないように、私達は手をつないで走り出した。
「あの歌は何ですか?」
私はガイドの人に訊いたが、歌など聞こえないと言う。近くの人にさりげなく訊いてみたりしたが、やはり聞こえないと言う。
「波しぶきの音ばかり聞いてますからね、耳鳴りの一種じゃないですか?」
そんなはずはない、いつも同じ島から聞こえる。
港の近くには無数の島があって、そこを巡る観光船が出ている。学校の友達を誘うこともなく一人で乗るのは密かな楽しみだった。地元の子はほとんど乗らない。
景奈はクラスでも一番まじめだ。母がいなくて、自営業の父親と祖母と暮らしている。学校が終わると家の手伝いをするといって早く帰ってしまう。景奈には友達がほとんどいないみたいだったが、私は遠くから見つめていた。私が景奈に惹かれたのは、あの子の手を見てからだ。落とし物を渡してくれた時、働いている子の丈夫そうな手に気づいた。優しそうな顔立ちとのギャップに少し驚いたが、それ以来気になった。でも、友達として付き合うことはなかった。景奈は付き合いの悪い子として、クラス内でも好かれてはいなかった。そんな子に声をかけると自分もクラス内から嫌われそうで、今まで勇気が持てなかった。
でも……あの歌は景奈なら聞こえるかもしれない。私はそんな勝手なことを考えて、帰り際の景奈をつかまえて、思い切って誘ってみた。
「ねえ、今度港の観光船に乗ってみない?」
景奈は驚いて、何度か瞬きをしてから言った。
「いいけど……どうして?」
「聞かせたいものがあるの」
「……分かった」
日曜に乗る約束をした。
今日も確かに聞こえてる。私には聞こえる。でも景奈は首を横に振った。
「何も聞こえないよ」
私はがっかりした。でも、そんな私に景奈は声をかける。
「どこから聞こえるの? その島に行ってみない?」
積極的な言葉が意外で、私は嬉しかった。
観光船を降りて、歌が聞こえた島への連絡船が出ているのを知った。小さいけれど、そこは無人島ではなかった。私と景奈はその連絡船に乗った。島に降りると小さな港だった。しばらく海沿いの道を歩くと、何か記念の銅像のようなものが見えてきた。女性が横座りをしている。人魚のようだった。この島で暮らしていた芸術家が作ったものらしい。それを見て、景奈が驚いた。
「これ……母さんだよ! 私の」
「ええっ?」
私も驚く。
「亡くなる前、芸術家のモデルをしていたって聞いたんだ。私、初めて見る……」
「あなたのお母さんの歌だったのかな……でも、なんであなたに聞こえなかったんだろう……」
景奈はしばらくうつむき、それから顔を上げて口を開いた。
「私思い出したよ。亡くなる前私に、素敵な友達をたくさん見つけてって言ったんだ。私にしか聞こえなかったら、あなたとここに来ること無かったでしょう?」
そう言って私も見つめ、少し頬を赤くした。私は思わず景奈の手を取った。
「もう一人じゃないから。私がいる……ずっと、友達になりたかったんだ」
景奈は微笑した。
「手が荒れてるでしょ……恥ずかしいな」
「ううん、好きだよ、この手」
帰りの船に遅れないように、私達は手をつないで走り出した。
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表示回数 581 (since 2012/8/17)
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