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ドリームワールドシンドローム(オリジナル)

投稿者:パプ@とん
2013/09/22 12:00 [ 修正 ]
初投稿です。まだまだ初心者なので、ミスやおかしな表現とかがてんこ盛りの内容だと思いますが、温かい目で見守っていただけると幸いです。
主人公が軽く病んでます。そういうの好きです。
週一でこういう短編を投稿していきたいな~、とか生意気に思ってます。いつまで続くことやら……。
――この現実は、長い悪夢のようだ。
どこまでも、途方もなく続く……長い、長い、夢。
いつまでも色を持たない、ひたすら閉鎖的で曖昧な、そんな世界。
あたしは、そんな中を生きていた。
まるで生きるように、死んでいた。
その夢の世界で、あたしは物言わぬ木だった。
真っ暗な部屋の中で培養される、一本の『病気の木』。
地面に根を張りながらも、水分を吸収しない……でも、根は張ってはいるから、そこから動くことも、できずにいる。
日々、衰弱していくあたし。
この上なく無に近い、物質の全てを優しく包み込むような、そんな心地よい闇が――あたしのすぐ、目の前にまで迫っていた。
だからあたしは、また瞳を閉ざす。
いつまでもいつまでも、この瞳を閉ざしていたかった。
だって……そこでは貴女が、待っているのだから。
あたしにとっての現実の入口は、いつも理解不能で、デタラメなモノばかりだった。
なんの脈絡もない、けれど、だからこそ意味があるような気がする――そんな、幸福な世界。
いつでもあたしの隣には貴女がいるという……そんな、この上ない世界。
「ねぇノゾミ、涙を流して? 私に、涙を飲ませて」
貴女はあたしの腕に縋りつき、そう甘えた。
とても幸せそうな顔で……。どこか、ほうけたような表情をして……。
だから……あたしは今日も、貴女を甘やかす。
もっとあたしに懐いて、決して離れて行って、しまわぬように。
「いいよ……いくらでも流してあげる、あたしの雫」
「いくらでも……? いくらでも、飲んでいいの?」
「うん、いいよ。あたしの、一杯飲んでね……」
――あたしは、泣くのが得意だ。
昔から泣き虫で、よく近所の子に虐められていたけれど……。そんなの関係なく――最近になってのあたしのそれは、それこそ何時間泣いていても尽きることなく、涙を流すことができるほどになっていた。
体中の水分を、あたしは涙に変換する。そしてそれは、貴女の体内に、どんどん流し込まれてゆく。
縋っていた貴女の小さく端正な顔が、あたしの顔のすぐ横に迫る。そして、すでにあたしの頬を走っていた一筋の涙の軌跡を、貴女のその湿ったピンク色の舌がたどった。
「ふふっ、しょっぱ~い」
心底嬉しそうに、貴女は笑う。
「それはそうでしょ、涙なんだから」
「まぁそれもそうだね。でも、それだけじゃなくて……」
貴女は、あたしの目を捉える。
あたしは、貴女から目を逸らせない。
「……なんだかすごく、甘いよ」
あたしは貴女の、あたしの涙で濡れて艶めくその唇の動きから、目が離せなかった。
「なにそれ、どういう意味?」
「わかんな~い。ただ……たぶんこれがノゾミの味なんだなって……それだけっ」
あどけなく、笑う。
その笑顔が……あたしには、とっても眩しくて……。
あたしの涙腺を、また……刺激する。
「ねぇ、とってもおいしいの。もっと、もっと、私にちょうだい……」
そう言って、貴女はまたあたしの頬に口をはわせる。
唇でついばむように……吸い付くように……。時折、目頭や目尻の方にまで貴女の舌が迫ってきたりして、あたしは打ち震えるようにしてその感触を味わう。
あたしの涙は、そんな貴女の笑顔を見て、さらにとめどなく……とめどなく流れ出す。あたしを酔わせる貴女の独特の香りが、あたしの目の前でこれでもかというほどに漂っていた。
そして――そんな幸せ現実も、やがては終わり迎える。
いつものように……
世界が、一瞬にして真っ黒に染まる。
隣であたしの頬を舐めていた貴女も、いつの間にがどこかへ消えてしまっていて……。あたしはまたいつものように、なにも為せないまま、この現実に……惑う。
やがて聞こえてくるのは、無機質で単調な――サイレンの音。
赤い瞬きが世界を包み込み、あたしはどうしようもない程の、焦燥の渦に引き込まれてゆく……。
また、だ……。
また、貴女が……遠くなる。
「ダメっ……! 行っちゃイヤっ!!」
あたしはまた、いつものように叫ぶ。
こんなにも声を張り上げていたら、余計にこの現実の世界が、薄れていってしまうかもしれないというのに……。
それでもあたしは懲りもせずに、もう戻らないはずの貴女の名を、何度も……何度も、呼ぶ。
「ユメっ! ねぇ……ユメったら!」
そして……また。
そのまま――現実は、闇の色に染まってゆく。
サイレンの音が、どこか遠くに、貴女を連れ去ってゆく。
いつもみたいに――。
どこまでも途方もなく続く……長い、長い、あたしの悪夢のような世界へ…………
「私は、ここにいるよ」
ふと――。
貴女の声が、あたしの鼓膜をくすぐった。
いったい――ここはどこだろう?
いつもと、違う空間。そこにあたしは、いつの間にか迷い込んでいた。
夢に近い……けれど、あたしの現実よりも遥かに温かい、そんな不思議な場所――言うなれば、それは『夢の歪み』のような……そんな、不安定な二人だけの世界。
「久しぶりだね、ノゾミ」
ユメが、あたしに語りかけている。
その声は、確かにユメのモノで……。
現実のユメよりも……どこか現実味のある、懐かしい音色で……。
「何……言ってるの? ついさっき、会ったばかりじゃない」
……そんな言葉が、あたしの口から思わず零れる。それはまるで、今起こっているこの事態を、否定したいという、深層心理の現れのように。
そのあたしの言葉に――いつしかすぐ隣にいたユメは、どこか曖昧な間を空けて……そしてやがて、小さな苦笑いをあたしに向けた。
そんな彼女を、あたしはどこか呆然として、見つめていることしかできない。
「言いたいことがあって来たの」
ふと――ユメはそう厳かに言った。
あたしは相槌も打つことができずに、ただ彼女の声に、耳を傾ける。
「もうノゾミは、私と会わない方がいい」
その発言に――あたしは恐怖を覚える。
咄嗟に、声を荒げて問い返す。
「それって、どういうことよ!」
あたしの剣幕をその目に映しながら……それでもユメは、冷静に答えた。
「ノゾミは、もう前を向いて歩いて行かなきゃダメなの。夢の世界になんて、いつまでも入り浸っていてはダメ」
ユメから放たれた、その言葉の意味が、理解できなかった。
理解、したくなかった。
「夢の世界って……何? あたしにとっての夢の世界は『病気の木』であって……真っ暗な、何もない世界で……ユメのいない、そんな世界で……」
あたしは、ユメにわかってもらえるように……あたしの世界について、たどたどしくも、説明する。
「だから、そこでユメと会っちゃダメっていうのは……おかしくて。あたしはただ、ユメのいるあの幸せな現実の世界で……生きているだけで……それの、何がダメなの?」
あたしの弁解を聞いて――ユメは何か痛々しいモノを見るような目で、あたしを見た。
そんな目で……あたしを見ないで。
もっと……さっきみたいな優しい目で、あたしを見てよ。
――泣くことが得意なあたしは、またユメの前で、涙を流す。けれども……今隣に存在しているユメはその涙を口に含むことはせず、その繊細でいて温かな指先を使い、優しく拭ってくれるだけだった。
「……ねぇ、舐めてよ」
あたしは、たまらずつぶやく。
「あたしの涙……おいしいんでしょ? だって、そう言ってたもの……。ねぇ……ユメったら…………」
それでも、貴女は……ただただあたしの涙を、指で拭うだけで……。その優しさは……まるで貴女という存在の現実味を、誇張しているかのように、あたしに示されて……。
あたしの涙は――程なく、枯れた。
「……あそこが、あたしにとっての現実だったの」
あたしは、貴女に訴えた。
「あそこが……あたしがやっとみつけた、もうひとつの居場所なの……」
静かに……けれども、確かに伝わるように、貴女につぶやく。
「だから……またあたしから、現実を奪わないでよ。またあたしから……ユメを、奪わないで」
ユメはそんな弱り切ったあたしを、いつまでもいつまでも、優しく包み込んでくれた。
まるで宥めるように……あたしの背中を、いつまでもいつまでも、優しく摩ってくれていた。
けれども……
そんな温かな時間も、貴女は無惨にも――断ち切る。
その柔らかな体は、やがて、形を無くして……。
去りゆく貴女は、またあたしを優しく諭すように、言葉を紡ぐ。
「じゃあね、ノゾミ……」
また、現実を突き付けるように……あたしから、はなれてゆく。
「ダメっ、行っちゃイヤっ! ユメっ!!」
「ノゾミは、もうきっと……私ナシでも、歩いてゆけるから……」
そう、あたしの背を押す。
あたしはそれを受けて、足を前に、踏み出すことを強制される……。
追い出される……。
現実の、暗闇の中に……。
悪夢の、中に……。
貴女がもういない……その世界に。
「いつも……見守ってるからね」
そんな、無責任な言葉を最後に……
あたしは――夢を見なくなった。
それから、あたしの居場所はなくなった。
あたしの現実は、どこにもなくなったのだ。
だから――ここは、長い悪夢のようだ。
どこまでも途方もなく続く……長い、長い、夢。
いつまでも色を持たない、ひたすら閉鎖的で曖昧な、そんな世界……。
あたしは、そんな中で死んでいた。
まるで死んでいるように、生きていた。
その夢の世界で、あたしは物言わぬ『木』だった。
真っ暗な部屋の中で培養される、一本の『病気の木』。
地面にはしっかりと根を張っている。でもそれは水分を吸収するためではなく、動こうとしないため。
動く必要もないくらい、ここには何も、存在しないから……。貴女が、存在しないから……。だからあたしは、ここで根を生やした。
でも……。
――貴女は、あたしの背を押した。
なぜだろう。
――貴女は、いつも見守っていると言った。
どうしてだろう。
あたしには、わからなかった。
何もかも……。
そもそも――貴女というのが、いったい誰だったのかということもさえも。
あたしには、もう、わからなかった。
あたしはいつしか、重い身を引きずっていた。
根を引っこ抜き、そこから離れる。モソモソと這い出るように……その温かでいて、何の恐怖も感じなかった安全地帯を、あたしはゆっくりと離れる。
外は驚くほど冷たく、そして、どこかよそよそしく……。あたしの体の節々は、その現実の重みでまるでしなるように時折ひどく軋む。
――あたしはいったい、どこまで行けるだろうか。
この頼りない、細々とした枝だけで。
もう顔も、声も思い出せない……誰かのために。
いったい、どこにたどり着けばいいと、いうのだろうか。
やがて、あたしは枝を伸ばす。
その先にあるのは、鈍く銀色に光る――一本のノコギリ。
あたしはそれを手に取ると、自らの枝に当てる。
深く……深く、ギコギコと、刃を沈めてゆく。
その枝からは、やがて真っ赤な樹液が滴って……。どこにこんな潤いがあったのかと、疑わずにはいられないほどに、とめどなく……。
涙には変換されなかったその水分は、もう取り返しのつかない程に黒々としていて……どうしてこんなことになったのか、自分でも、不思議なくらい真っ黒で……。
これも――貴女は美味しいと言って、飲んでくれるだろうか。
そんな思いが、ふと頭をよぎる。
もう、あたしには思い出せない、貴女……。
けれど……どこか言いようのない優しさを、そこに感じる。
これはきっと――あたしが『新しい現実』に、近付いているという証拠なのだろう……。
「だって、寂しかったんだもん」
あたしはいつしか……朦朧とした意識の中、貴女への言い訳を考える。
「もっとそばに、貴女を感じたかったの」
そう甘えたら……貴女はきっと、笑って許してくれるくれるよね。
「もっと貴女の、近くにいたかったの」
そう縋ったら……貴女はきっと、優しく抱きしめてくれるよね。
きっとそうだと……あたしは、思う。
やがて――。
病気の木は、枯れて……。
全ての葉は、朽ちて……。
全ての現実と夢は……無へと帰る。
――その先に……新しい現実など、待ってはいないというのに。
そう……。
そこには、何も残ってなどいなかった。
あたしが求めていた……貴女という、存在も。
あたしが貴女を愛したという……そんな記憶さえも。
何も……かも……。
だからこれは、罰だった。
現実から目を背けた……あたしへの。
貴女に従わなかった……あたしへの。
当然の、報いだった――。
――きっとあの時、あたしの元に訪れた、あのユメは……。
こうなることを、あたしに…………忠告したかったんだね。
どこまでも、途方もなく続く……長い、長い、夢。
いつまでも色を持たない、ひたすら閉鎖的で曖昧な、そんな世界。
あたしは、そんな中を生きていた。
まるで生きるように、死んでいた。
その夢の世界で、あたしは物言わぬ木だった。
真っ暗な部屋の中で培養される、一本の『病気の木』。
地面に根を張りながらも、水分を吸収しない……でも、根は張ってはいるから、そこから動くことも、できずにいる。
日々、衰弱していくあたし。
この上なく無に近い、物質の全てを優しく包み込むような、そんな心地よい闇が――あたしのすぐ、目の前にまで迫っていた。
だからあたしは、また瞳を閉ざす。
いつまでもいつまでも、この瞳を閉ざしていたかった。
だって……そこでは貴女が、待っているのだから。
あたしにとっての現実の入口は、いつも理解不能で、デタラメなモノばかりだった。
なんの脈絡もない、けれど、だからこそ意味があるような気がする――そんな、幸福な世界。
いつでもあたしの隣には貴女がいるという……そんな、この上ない世界。
「ねぇノゾミ、涙を流して? 私に、涙を飲ませて」
貴女はあたしの腕に縋りつき、そう甘えた。
とても幸せそうな顔で……。どこか、ほうけたような表情をして……。
だから……あたしは今日も、貴女を甘やかす。
もっとあたしに懐いて、決して離れて行って、しまわぬように。
「いいよ……いくらでも流してあげる、あたしの雫」
「いくらでも……? いくらでも、飲んでいいの?」
「うん、いいよ。あたしの、一杯飲んでね……」
――あたしは、泣くのが得意だ。
昔から泣き虫で、よく近所の子に虐められていたけれど……。そんなの関係なく――最近になってのあたしのそれは、それこそ何時間泣いていても尽きることなく、涙を流すことができるほどになっていた。
体中の水分を、あたしは涙に変換する。そしてそれは、貴女の体内に、どんどん流し込まれてゆく。
縋っていた貴女の小さく端正な顔が、あたしの顔のすぐ横に迫る。そして、すでにあたしの頬を走っていた一筋の涙の軌跡を、貴女のその湿ったピンク色の舌がたどった。
「ふふっ、しょっぱ~い」
心底嬉しそうに、貴女は笑う。
「それはそうでしょ、涙なんだから」
「まぁそれもそうだね。でも、それだけじゃなくて……」
貴女は、あたしの目を捉える。
あたしは、貴女から目を逸らせない。
「……なんだかすごく、甘いよ」
あたしは貴女の、あたしの涙で濡れて艶めくその唇の動きから、目が離せなかった。
「なにそれ、どういう意味?」
「わかんな~い。ただ……たぶんこれがノゾミの味なんだなって……それだけっ」
あどけなく、笑う。
その笑顔が……あたしには、とっても眩しくて……。
あたしの涙腺を、また……刺激する。
「ねぇ、とってもおいしいの。もっと、もっと、私にちょうだい……」
そう言って、貴女はまたあたしの頬に口をはわせる。
唇でついばむように……吸い付くように……。時折、目頭や目尻の方にまで貴女の舌が迫ってきたりして、あたしは打ち震えるようにしてその感触を味わう。
あたしの涙は、そんな貴女の笑顔を見て、さらにとめどなく……とめどなく流れ出す。あたしを酔わせる貴女の独特の香りが、あたしの目の前でこれでもかというほどに漂っていた。
そして――そんな幸せ現実も、やがては終わり迎える。
いつものように……
世界が、一瞬にして真っ黒に染まる。
隣であたしの頬を舐めていた貴女も、いつの間にがどこかへ消えてしまっていて……。あたしはまたいつものように、なにも為せないまま、この現実に……惑う。
やがて聞こえてくるのは、無機質で単調な――サイレンの音。
赤い瞬きが世界を包み込み、あたしはどうしようもない程の、焦燥の渦に引き込まれてゆく……。
また、だ……。
また、貴女が……遠くなる。
「ダメっ……! 行っちゃイヤっ!!」
あたしはまた、いつものように叫ぶ。
こんなにも声を張り上げていたら、余計にこの現実の世界が、薄れていってしまうかもしれないというのに……。
それでもあたしは懲りもせずに、もう戻らないはずの貴女の名を、何度も……何度も、呼ぶ。
「ユメっ! ねぇ……ユメったら!」
そして……また。
そのまま――現実は、闇の色に染まってゆく。
サイレンの音が、どこか遠くに、貴女を連れ去ってゆく。
いつもみたいに――。
どこまでも途方もなく続く……長い、長い、あたしの悪夢のような世界へ…………
「私は、ここにいるよ」
ふと――。
貴女の声が、あたしの鼓膜をくすぐった。
いったい――ここはどこだろう?
いつもと、違う空間。そこにあたしは、いつの間にか迷い込んでいた。
夢に近い……けれど、あたしの現実よりも遥かに温かい、そんな不思議な場所――言うなれば、それは『夢の歪み』のような……そんな、不安定な二人だけの世界。
「久しぶりだね、ノゾミ」
ユメが、あたしに語りかけている。
その声は、確かにユメのモノで……。
現実のユメよりも……どこか現実味のある、懐かしい音色で……。
「何……言ってるの? ついさっき、会ったばかりじゃない」
……そんな言葉が、あたしの口から思わず零れる。それはまるで、今起こっているこの事態を、否定したいという、深層心理の現れのように。
そのあたしの言葉に――いつしかすぐ隣にいたユメは、どこか曖昧な間を空けて……そしてやがて、小さな苦笑いをあたしに向けた。
そんな彼女を、あたしはどこか呆然として、見つめていることしかできない。
「言いたいことがあって来たの」
ふと――ユメはそう厳かに言った。
あたしは相槌も打つことができずに、ただ彼女の声に、耳を傾ける。
「もうノゾミは、私と会わない方がいい」
その発言に――あたしは恐怖を覚える。
咄嗟に、声を荒げて問い返す。
「それって、どういうことよ!」
あたしの剣幕をその目に映しながら……それでもユメは、冷静に答えた。
「ノゾミは、もう前を向いて歩いて行かなきゃダメなの。夢の世界になんて、いつまでも入り浸っていてはダメ」
ユメから放たれた、その言葉の意味が、理解できなかった。
理解、したくなかった。
「夢の世界って……何? あたしにとっての夢の世界は『病気の木』であって……真っ暗な、何もない世界で……ユメのいない、そんな世界で……」
あたしは、ユメにわかってもらえるように……あたしの世界について、たどたどしくも、説明する。
「だから、そこでユメと会っちゃダメっていうのは……おかしくて。あたしはただ、ユメのいるあの幸せな現実の世界で……生きているだけで……それの、何がダメなの?」
あたしの弁解を聞いて――ユメは何か痛々しいモノを見るような目で、あたしを見た。
そんな目で……あたしを見ないで。
もっと……さっきみたいな優しい目で、あたしを見てよ。
――泣くことが得意なあたしは、またユメの前で、涙を流す。けれども……今隣に存在しているユメはその涙を口に含むことはせず、その繊細でいて温かな指先を使い、優しく拭ってくれるだけだった。
「……ねぇ、舐めてよ」
あたしは、たまらずつぶやく。
「あたしの涙……おいしいんでしょ? だって、そう言ってたもの……。ねぇ……ユメったら…………」
それでも、貴女は……ただただあたしの涙を、指で拭うだけで……。その優しさは……まるで貴女という存在の現実味を、誇張しているかのように、あたしに示されて……。
あたしの涙は――程なく、枯れた。
「……あそこが、あたしにとっての現実だったの」
あたしは、貴女に訴えた。
「あそこが……あたしがやっとみつけた、もうひとつの居場所なの……」
静かに……けれども、確かに伝わるように、貴女につぶやく。
「だから……またあたしから、現実を奪わないでよ。またあたしから……ユメを、奪わないで」
ユメはそんな弱り切ったあたしを、いつまでもいつまでも、優しく包み込んでくれた。
まるで宥めるように……あたしの背中を、いつまでもいつまでも、優しく摩ってくれていた。
けれども……
そんな温かな時間も、貴女は無惨にも――断ち切る。
その柔らかな体は、やがて、形を無くして……。
去りゆく貴女は、またあたしを優しく諭すように、言葉を紡ぐ。
「じゃあね、ノゾミ……」
また、現実を突き付けるように……あたしから、はなれてゆく。
「ダメっ、行っちゃイヤっ! ユメっ!!」
「ノゾミは、もうきっと……私ナシでも、歩いてゆけるから……」
そう、あたしの背を押す。
あたしはそれを受けて、足を前に、踏み出すことを強制される……。
追い出される……。
現実の、暗闇の中に……。
悪夢の、中に……。
貴女がもういない……その世界に。
「いつも……見守ってるからね」
そんな、無責任な言葉を最後に……
あたしは――夢を見なくなった。
それから、あたしの居場所はなくなった。
あたしの現実は、どこにもなくなったのだ。
だから――ここは、長い悪夢のようだ。
どこまでも途方もなく続く……長い、長い、夢。
いつまでも色を持たない、ひたすら閉鎖的で曖昧な、そんな世界……。
あたしは、そんな中で死んでいた。
まるで死んでいるように、生きていた。
その夢の世界で、あたしは物言わぬ『木』だった。
真っ暗な部屋の中で培養される、一本の『病気の木』。
地面にはしっかりと根を張っている。でもそれは水分を吸収するためではなく、動こうとしないため。
動く必要もないくらい、ここには何も、存在しないから……。貴女が、存在しないから……。だからあたしは、ここで根を生やした。
でも……。
――貴女は、あたしの背を押した。
なぜだろう。
――貴女は、いつも見守っていると言った。
どうしてだろう。
あたしには、わからなかった。
何もかも……。
そもそも――貴女というのが、いったい誰だったのかということもさえも。
あたしには、もう、わからなかった。
あたしはいつしか、重い身を引きずっていた。
根を引っこ抜き、そこから離れる。モソモソと這い出るように……その温かでいて、何の恐怖も感じなかった安全地帯を、あたしはゆっくりと離れる。
外は驚くほど冷たく、そして、どこかよそよそしく……。あたしの体の節々は、その現実の重みでまるでしなるように時折ひどく軋む。
――あたしはいったい、どこまで行けるだろうか。
この頼りない、細々とした枝だけで。
もう顔も、声も思い出せない……誰かのために。
いったい、どこにたどり着けばいいと、いうのだろうか。
やがて、あたしは枝を伸ばす。
その先にあるのは、鈍く銀色に光る――一本のノコギリ。
あたしはそれを手に取ると、自らの枝に当てる。
深く……深く、ギコギコと、刃を沈めてゆく。
その枝からは、やがて真っ赤な樹液が滴って……。どこにこんな潤いがあったのかと、疑わずにはいられないほどに、とめどなく……。
涙には変換されなかったその水分は、もう取り返しのつかない程に黒々としていて……どうしてこんなことになったのか、自分でも、不思議なくらい真っ黒で……。
これも――貴女は美味しいと言って、飲んでくれるだろうか。
そんな思いが、ふと頭をよぎる。
もう、あたしには思い出せない、貴女……。
けれど……どこか言いようのない優しさを、そこに感じる。
これはきっと――あたしが『新しい現実』に、近付いているという証拠なのだろう……。
「だって、寂しかったんだもん」
あたしはいつしか……朦朧とした意識の中、貴女への言い訳を考える。
「もっとそばに、貴女を感じたかったの」
そう甘えたら……貴女はきっと、笑って許してくれるくれるよね。
「もっと貴女の、近くにいたかったの」
そう縋ったら……貴女はきっと、優しく抱きしめてくれるよね。
きっとそうだと……あたしは、思う。
やがて――。
病気の木は、枯れて……。
全ての葉は、朽ちて……。
全ての現実と夢は……無へと帰る。
――その先に……新しい現実など、待ってはいないというのに。
そう……。
そこには、何も残ってなどいなかった。
あたしが求めていた……貴女という、存在も。
あたしが貴女を愛したという……そんな記憶さえも。
何も……かも……。
だからこれは、罰だった。
現実から目を背けた……あたしへの。
貴女に従わなかった……あたしへの。
当然の、報いだった――。
――きっとあの時、あたしの元に訪れた、あのユメは……。
こうなることを、あたしに…………忠告したかったんだね。
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