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ラッセンの海(オリジナル)
潮騒が鼓膜を振動させていることに不意に気付いて、どうやらうつらうつらしていたみたいだと気づく。ベンチに腰掛けっぱなしだったおしりが少し痛む。来たときと同じく、公園内には誰もいなかった。眼前にひろがる海原は、昼と夕方のあいだの色をたずさえた日光で満ち溢れていた。
波の音以外は、海と似たような色をした空の、遥か高くまでまったくの静寂がひろがっていた。うっすらと、これは夢だなと思った。
「こんにちは」
愛らしい声が聞こえて振り向くと、見覚えのある女の子が立っていた。
「こんにちは」
口でそう答えながら、その姿を記憶のなかを探す。白のワンピースに身を包んだ彼女の肌は日の光をうっすら反射していた。
「学校には慣れそう?」
そうだ。彼女は転校先のクラスメイト。名前は――思い出せない。
「うちの学校、人数は少ないけど、みんな面白い子たちばかりだから」
「うん」
彼女がわたしの横に腰掛ける。この町の匂いがした気がした。
「明日みっちゃんを紹介してあげる。わたしの幼なじみ。いい子だよ」
「ありがと」
柔らかく動く彼女の口元に見入ってしまう。となりに座っている、その距離感を感じさせる声色。
「ここの眺め、いいね」
あまりにみつめてしまっていることを悟られないように、海のほうを指しながらわたしは話題をふった。
「うん。この時間はとくに、すごくきれいな光になる」
彼女も手の平を海のほうへ向けて、白くほっそりした腕を伸ばした。まるでホログラムの映像がそこにあるのかどうかを確かめるように。そういえばなんとなく、ラッセンの海のようだと思う。
「学校には慣れそう?」
彼女は先程とおなじ質問をする。わたしの目を覗き込むその瞳に、やっぱり目って丸いんだなんて場違いなことを考えてしまう。
「世界の、」
違う。これは言葉が違う。
「わたしは、」
これも違う。何か言いかけては口をつむぐわたしを、彼女は不思議そうに見ている。
「明日、」
これなんて決定的にだめだ。
ほんとはどれもだめだってわかってる。何を言ったって無駄。わたしには彼女にしゃべりかける言葉が決定的に欠けている。口ごもるわたしを見つめる彼女の表情は、さっきと変わらず優しげだから、わたしはまた言葉を発したくなってしまう。
「ここの景色、いいね」
同じ言葉を繰り返すわたしに、彼女は「うん」とほほ笑んでくれた。
「あー明日からいよいよ新学期の授業かー」
そういって彼女はふわりと伸びをした。
「でも、きっと楽しいね。他に友達できても、わたしとも仲良くしてよ?」
どこか悪戯っぽい響きを含ませて、彼女は顔を少しわたしにちかづけた。
「明日、」
だめだ。この言葉はだめだった。また答えようとして言葉に詰まる。あれもだめ、これもだめ。手持ちの言葉を探しても、言葉の箱のなかは真っさらな空っぽ。使えない言葉のきれはしをむなしく弄ぶだけ。
「ね?」
わたしをからかって楽しんでいる彼女の髪の毛に、海の(あるいは空の)光の粒子がまとわりついている。
終わりが近づいている。たぶん次の一瞬にはわたしはまた別の場所にいるだろう。それは正しく、布団のなかかもしれない。別の夢のなかかもしれない。とにかく、ここはもう終わろうとしている。
明日。明日なんてない。好き。そんなの意味がない。きれい。それはもう使い古した。忘れないで。誰が?
タイムリミットが迫る。言葉の箱のなかを必死にまさぐる。言葉の残骸を、積み重ねて、積み重ねて、塵を塵のまま、残りかすのまま、ただその限られた言葉で、どうしようもなく、どうにかするしかない。だから、だから、それで、だから。
「きっと」
ケータイのアラームがけたたましく鳴っている。眠たさの残るまぶたを擦りながら、わたしは夢をみた気がしていたけど、とくに内容は覚えていなかったし、すぐに今日の時間割を思い出して憂鬱な伸びをした。
コメント 4
表示回数 711 (since 2012/8/17)
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コメント
2013/04/14 04:01
不思議な作品ですー 単純な夢のお話なのかと思ったけど、午前4:00にこれを読んでいて、不思議な気分になりました。

2013/04/14 21:13
想像が膨らむ作品ですね。好きです、こういうのw

2013/04/18 17:31
いいですねー。私はド素人ですが、
・この町の匂いがした気がした。
・そういえばなんとなく、ラッセンの海のようだと思う。
・わたしをからかって楽しんでいる彼女の髪の毛に、海の(あるいは空の)光の粒子がまとわりついている。
といった描写がすごいなー、と思いました。
それと主人公が、
転校先のクラスメイトの名前を思い出せなかったり、
自分の目を覗き込む彼女の瞳を見て、やっぱり目って丸いんだなんて場違いなことを考えてしまったり、
「ここの眺め、いいね」「ここの景色、いいね」と同じ言葉を繰り返してしまうところも
うまいなー、と思いました。
読み手が色々想像できる終わり方もいいですし、長さも適度に短くて読みやすかったです。
2013/04/18 21:17
みなさんコメントありがとうございます。
@クマさん
私も深夜に書いてました(笑)夜の力を借りています。
@ChaosMAXさん
そう言っていただけて嬉しいです。ストーリーはあまり考えられないのでイメージ勝負です。
@竹禅尼さん
おおお、恐縮です。いつも客観的にみるとどうなんだろう?と心配しているのでそう言っていただけると励みになります。